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| 法人番号 | 7360001002234 | |||
|---|---|---|---|---|
| 設立 | 1985年12月24日[1] | |||
| 拠点空港 | 那覇空港 | |||
| マイレージサービス | JALマイレージバンク | |||
| 航空連合 | 未加盟 | |||
| 親会社 | 日本トランスオーシャン航空[1] | |||
| 保有機材数 | 5機 | |||
| 就航地 | 10空港 | |||
| 本拠地 | 沖縄県那覇市山下町3番24号[1] | |||
| 代表者 | 代表取締役社長 金城清典[2] | |||
| 外部リンク | https://rac-okinawa.com/ | |||
![]() 琉球エアーコミューター本社 (日本トランスオーシャン航空と同居) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 略称 | RAC |
| 本社所在地 | 〒900-0027 沖縄県那覇市山下町3番24号[1] |
| 設立 | 1985年12月14日[1] |
| 業種 | 空運業 |
| 法人番号 | 7360001002234 |
| 事業内容 | 航空運送事業、航空機使用事業、その他の事業[1] |
| 代表者 | 代表取締役社長 金城清典[2] |
| 資本金 | 3億9,600万円[3] |
| 売上高 | 54億6,400万円(2018年度)[3] |
| 従業員数 | 130名(2019年3月現在)[3] |
| 主要株主 | 日本トランスオーシャン航空 74.5% 沖縄県 5.1% その他 20.4%[1] |
| 外部リンク | https://rac-okinawa.com/ |
琉球エアーコミューター株式会社(りゅうきゅうエアーコミューター、英称:RYUKYU AIR COMMUTER CO.,LTD.、略称:RAC)は日本航空(JAL)グループの構成企業である。那覇空港をベースにターボプロップ機(プロペラ機)を用いて沖縄内及び奄美の離島路線を運航している。
概要
2020年4月時点では沖縄県及び鹿児島県奄美群島で12路線を運航している。
日本航空(JAL)の系列会社の日本トランスオーシャン航空 (JTA)が株式の過半数を保有している。JALとの直接の資本関係はなく、JALに対しては一般にいう孫会社の関係であるが、JALが間接的にRACの議決権の過半数を所有しているため法令上はJALの連結子会社にあたる [4]。
また、ワンワールドのメンバーではない。JAL以外の航空会社においてワンワールド・エメラルド会員のステイタスを保有している場合は、琉球エアーコミューターでの優先搭乗が適用されることはない。優先搭乗はJALマイレージバンクのステイタスが必須となる。
同社のIATAコードは設定されていないが、JALマイレージバンクの搭乗履歴に表示される2レターコードは、親会社であるJTAのIATAコードである「NU」となる。また、JALグループのチェックインカウンターで発行された手荷物タグに表示される2レターコードも「NU」となる。(2019年のJALグループ旅客サービスシステム更新前までは、手荷物タグの2レターコードが「RC」と表記されていた。)
JALグループ各社はJAL・J-AIR・JAC・HACの4社においては運航全便にて運送の共同引き受けを実施し、便名をJAL便に統一しているが、RAC・JTAの2社はRAC・JTA間を含むJALグループ各社間で運送の共同引き受けを実施していない。なお、JTAでは2021年3月28日より、一部の便にてJALとの運送の共同引受を開始したことに伴い、当該便はJAL便として運航している[5][6]。
RACの便名の数字は700番台・800番台となっており、JTAと便名の数字が重複することはない。
沿革
1982年から那覇 - 慶良間線を運航していた公共施設地図航空[注 1]の経営危機に伴い、同路線の運航継続の受け皿となるべく1985年12月24日に設立。公共施設地図航空が1986年に倒産し運航を停止した後、1987年2月17日にRACによって那覇 - 慶良間線の運航が再開された[7]1989年には那覇 - 粟国線を開設して、計2路線を運航することになった。
1991年に南西航空(SWAL。現:日本トランスオーシャン航空、JTA)の増資を受け傘下に入り、1992年にSWALからDHC-6で運航されていた6路線の移管を受けた。
年表
- 1985年
- 12月24日:琉球エアーコミューター株式会社(RAC)設立[1]。
- 1986年
- 1987年
- 2月17日:初の就航路線となる那覇 - 慶良間線開設(使用機種・BN-2Bアイランダー)。
- 1989年
- 12月20日:那覇 - 粟国線開設(BN-2Bアイランダー)[1]。
- 1991年:南西航空(SWAL、現・日本トランスオーシャン航空 (JTA))からの増資を受け、同社の子会社となり、同時にJALグループの一員となる。
- 1992年
- 11月16日:SWALから、同社のDHC-6就航路線(那覇 - 南大東・北大東・粟国、宮古・石垣 - 多良間、石垣 - 波照間)を移管[1]。
- 1997年
- 1月:DHC-6の後継機となるDHC-8-Q100(ダッシュ8)を導入[1]。
- 4月15日:那覇 - 与論線をJTAから移管、機材はそれまでのYS-11に代わりDHC-8-Q100が就航[1]。
- 7月20日:現・南大東空港開港により、那覇 - 南大東線にDHC-8-Q100が就航。
- 10月9日:北大東空港の滑走路が1,500mに延長により、那覇 - 北大東線にDHC-8-Q100が就航。同時に南大東 - 北大東線を開設[1](ただし那覇 - 南大東 - 北大東 - 那覇あるいは那覇 - 北大東 - 南大東 - 那覇の三角運航)。
- 11月7日:那覇 - 久米島線開設(DHC-8-Q100)[1]。
- 1999年
- 2月1日:那覇 - 奄美線開設[1](DHC-8-Q100、従来エアーニッポンが就航していた路線を継承)。
- 2000年
- 7月21日:那覇 - 与那国線、石垣 - 与那国線開設[1](いずれもDHC-8-Q-100で週4日運航)。
- 2002年
- 1月23日:DHC-6が退役(同機が就航していた路線は、機材をBN-2Bに変更)。
- 2003年
- 10月10日:新多良間空港の開港に伴い、宮古 - 多良間線にDHC-8-Q100就航。宮古 - 石垣線開設(DHC-8-Q100)[1]。
- 2006年
- 3月31日:那覇 - 慶良間線、石垣 - 多良間線廃止。
- 7月:那覇 - 宮古線開設(DHC-8-Q100、7月半ば - 9月の季節限定運航)。
- 2007年
- 4月:社名(略称)ロゴをJALグループ共通のデザイン(太陽のアーク)に変更。
- 4月27日:DHC-8-Q300を導入、那覇 - 久米島線と那覇 - 南大東線にそれぞれ就航させた。
- 11月30日:石垣 - 波照間線廃止。
- 2009年
- 5月31日:那覇 - 粟国線運休。なお、運休後も6月4日 - 17日の期間、チャーター便が1日2便運航された。
- 2011年
- 4月:JAL同様、ロゴを鶴丸に変更。鶴丸内の文字はJALのまま。
- 2013年
- 1月8日:那覇 - 石垣線開設[1]。
- 2015年
- 12月31日:DHC-8-Q400CC初号機を受領[8]。
- 2016年
- 4月15日:DHC-8-Q400CCが運航開始(初便は那覇発久米島行きRAC873便[9])。
- 2017年
- 2月22日:宮古発那覇行きRAC804便を最後にDHC-8-Q100が運航終了[10]。
- 2018年
- 1月31日:久米島発那覇行きRAC882便を最後にDHC-8-Q300が運航終了[11]。
- 2022年
- 7月14日:この日を最後に那覇-奄美線運休予定[12]。
就航路線
2021年現在[13]
- 那覇空港 - 奄美空港(2022年7月14日を最後に運休予定)[14]、与論空港、久米島空港、北大東空港、南大東空港、宮古空港、新石垣空港、与那国空港
- 南大東空港 - 北大東空港[15][16][17]
- 宮古空港 - 多良間空港、新石垣空港
- 新石垣空港 - 与那国空港
同社の就航地で沖縄県外に所在する空港は奄美空港と与論空港だけで、奄美空港は同社最北端の就航地であり、北大東島空港は南大東島空港との三角運航により曜日によって経由便となる。
運航機材
保有機材
- ボンバルディアDHC-8-Q400CC
- DHC-8-Q100/-Q300の後継機として2015年から2017年にかけて5機導入された[18]。
- DHC-8-Q400の貨物室を拡大したコンビ機(貨客型)仕様で、座席数はDHC-8-Q300と同数とする一方、貨物室はDHC-8-Q400より拡大された。与那国線など日本トランスオーシャン航空から引き継いだ路線において機材の小型化により貨物搭載量減少が問題になっており[19]、貨物スペースを拡大した機材への更新でこの問題の解決が図られた[20]。
- 2015年9月30日に、琉球エアーコミューターが本タイプのローンチカスタマーの1社になること、及び、2015年12月に初号機が引き渡され、2016年4月から運行開始予定であることと座席数が50席になることが公式にアナウンスされた[21][22]。2016年1月10日にカナダから東回りでフェリーされた初号機(JA81RC。フェリー時はカナダ籍C-FKIYのレジ)が那覇空港に到着した。鶴丸塗装を施したRAC初の機体でもある。
退役機材
- デ・ハビランド・カナダDHC-6(ツインオッター)
- ブリテン・ノーマン アイランダー(BN-2B)
- ボンバルディアDHC-8-Q100
- 1997年から2003年にかけて最大4機導入した。Q400CCの導入に伴い、2016年より退役が始まり、2017年2月22日を最後に運航終了した[27]。これにより日本の航空会社から同機が姿を消した。
- DHC-6に替わる大型機として導入した。設立後初の客室乗務員が必要な機材となった。
- ボンバルディアDHC-8-Q300(JA8936)
- 2007年に1機導入。座席数を標準より減らし50席とし、客室乗務員の配置を1名に抑えて運行コストの低減を図っていた。主に那覇空港発着路線で使用され、宮古・石垣発着路線に入ることは稀であった。こちらもQ400CCの導入に伴い2018年1月31日を最後に運航終了した。これにより日本の航空会社から同機が姿を消した。

粟国空港に駐機するBN-2Bアイランダー

与那国空港に駐機するDHC-8-Q100

「太陽のアーク」塗装で納入されたDHC-8-Q300
塗装
JALグループの一員となってからも長らく独自デザインを使用していたが、3代目からJALグループ各社と統一したデザインに変更している。
- 設立当時
- ホワイトボディに水色のラインを配し、垂直尾翼に水色のRACの文字を配し、Cの上部にノグチゲラが止まっているデザインである。RACの文字はAの横棒が真下に配置されたスタイルである。
- 2代目
- 水色に加えて黄色い配色が加えられ、垂直尾翼に白黒のシーサーが描かれたデザインである。RACの表記はドア横に移動した。このデザインは和田誠の手によるものである[28]。
- 3代目
- 2007年4月より当時のJALグループの統一ビジュアルイメージであった「Arc of the Sun(太陽のアーク)」デザインが採用されたが、「JAL」が「RAC」(Aの横棒がなくノが入る)に置き換えられ、「RYUKYU AIR COMMUTER」表記を添えたものであった。同年4月導入のDHC-8-Q300はこの塗装で納入された。
- 4代目
- 2011年4月よりJALの鶴丸デザインに変更する。ホワイトボディに「RYUKYU AIR COMMUTER」と斜体字で表記されるが、垂直尾翼の鶴丸はJAL表記である。2016年1月導入のDHC-8-Q400CCはこの塗装にて納入された。これによりRACの機体に初めて鶴丸塗装が施されることになった。

2代目塗装の垂直尾翼

3代目ロゴ
ボーディング・ミュージック
親会社の日本トランスオーシャン航空とともに同社の地元である沖縄県に因んで沖縄音楽が起用されている。
機内サービス
- 客室乗務員は基本的に全便1人しか乗務しない。
- ドリンクサービスはなかったが、2016年4月15日から所要時間1時間以上の路線でドリンクサービスと機内販売が開始された[29]。
- キャンディが配られる。
- 機内誌は日本トランスオーシャン航空の「Coralway」のみ各席に搭載され、「SKYWARD」の閲覧を希望する場合は別途客室乗務員に希望する必要がある。また「JAL SHOP」は搭載されていない。
- オーディオ、ビデオサービスはない。
注意点
運航開始当初は小型機のみの運航であり、設立経緯も異なるなどの事情から、親会社の日本トランスオーシャン航空をはじめ他のJALグループ各社とは異なる点があった。
- 持込手荷物・受託手荷物の重量制限があったが、機材が大型のDHC-8シリーズに統一されたため、これらは撤廃された。
- 各空港の設備が最新のものに置き換えられ、航空券が磁気券に切り替わり、JALのカウンターでそのまま手続きができるようになった。この結果webチェックインやICカード、おサイフケータイ、バーコード読取りによる搭乗などのJAL ICサービスも通常のJAL便と同様に使用でき、事前座席指定も可能となった。
- 以前は、JALマイレージバンク(JMB)のマイル加算対象となる路線は日本トランスオーシャン航空も運航している路線(那覇 - 宮古線、那覇 - 久米島線、石垣 - 与那国線、宮古 - 石垣線)と那覇 - 与那国線のみであり、その他の路線はマイル加算・特典航空券利用の対象外であったが、2012年7月18日搭乗分より残りの運航路線でマイルが積算され[注 3]、さらに同年9月1日より特典航空券利用もできるようになった[注 4]。
JALグループ企業
(グループ企業のうち、航空運送事業者)
◎JALグループは国際航空連合(アライアンス)「ワンワールド」に加盟している。ただし、※のある航空会社は経営施策上ワンワールドには加盟していない。なお、★のある航空会社は格安航空会社(LCC)。
- 日本航空 (JAL)
- ジェイエア (J-AIR)
- 日本エアコミューター (JAC)
- 北海道エアシステム (HAC)
- 日本トランスオーシャン航空 (JTA)
- 琉球エアーコミューター (RAC)※
- ZIPAIR Tokyo(TZP)★
- スプリング・ジャパン(SJO)[31]★
- ジェットスター・ジャパン(JJP)★
ジェイエア、日本エアコミューター、北海道エアシステムの全ての運航便並びに日本トランスオーシャン航空の一部運航便は「運送の共同引受」によりJAL便として運航。
脚注
注釈
- ^ 一時期、金のペーパー商法で有名な豊田商事を傘下に持つ銀河計画のグループ会社だった。会社自体は現存しており、航空機整備などの事業を行っている。
- ^ パイロットの退職に伴い那覇 - 粟国便を休止し、運用が消滅する。当初2009年10月から運休する予定であったが、大阪の第一航空が2009年6月からの路線引継を表明したため休止を繰り上げた。
- ^ ただし、那覇 - 南大東線を北大東経由で同日乗り継ぎする場合、または那覇 - 北大東線を南大東経由で同日乗り継ぎする場合は、南大東 - 北大東間の区間マイルは加算されない。これらの場合、マイル実績には那覇 - 経由地までの区間マイルとして記載される[30]。
- ^ ただし、北海道・本州・四国・九州と沖縄(那覇、石垣、宮古、久米島)を結ぶ路線2区間と同時に予約することにより5,000マイルの追加で利用出来る「RAC離島路線」は引き続き対象外とされ、通常のマイル数が必要となる(RAC離島路線の対象は従来からマイル積算対象だった5路線のみのまま)。
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s “会社概要”. 琉球エアーコミューター株式会社. 2018年2月12日閲覧。
- ^ a b 代表挨拶(琉球エアーコミューター公式サイト)2020年4月15日閲覧
- ^ a b c 会社概要(琉球エアーコミューター公式サイト企業情報)2020年4月15日閲覧
- ^ “有価証券報告書 (PDF)”. 日本航空株式会社. 2018年2月17日閲覧。
- ^ https://news.yahoo.co.jp/articles/1ca86442e2f504ea2bf207fe44859affc489cca5
- ^ https://jta-okinawa.com/pressrelease/20070/
- ^ a b “慶良間空港”. 沖縄県. 2018年2月12日閲覧。
- ^ “ボンバルディア、Q400貨物拡張型ローンチ 琉球エアコミューターが初号機受領”. Aviation Wire. (2016年1月4日) 2018年2月17日閲覧。
- ^ https://www.aviationwire.jp/archives/86031
- ^ “RAC DHC8-Q100型機のご紹介”. 琉球エアーコミューター株式会社. 2018年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月7日閲覧。
- ^ “琉球エアーコミューター、ボンバルディア「DHC-8-Q300型機」が定期便から退役。スタッフが感謝の横断幕で出迎え”. トラベル Watch (2018年2月1日). 2018年10月7日閲覧。
- ^ https://press.jal.co.jp/ja/release/202201/006462.html
- ^ “航空路線案内”. 琉球エアーコミューター株式会社. 2021年12月14日閲覧。
- ^ https://press.jal.co.jp/ja/release/202201/006462.html
- ^ 空港間の距離は13kmで、日本の国内航空定期便としては最も短い
- ^ [https://trafficnews.jp/post/104174 距離13km弱 ユニークすぎる「日本最短航空路線」の機内とは RAC南大東~北大東線に乗った ]
- ^ “日本最短、15分の定期航空便 となり合う島を結ぶ空路、なぜ誕生?”. 乗りものニュース. (2017年4月10日). オリジナルの2018年6月15日時点におけるアーカイブ。 2020年4月6日閲覧。
- ^ “JALグループ中期経営計画 ローリングプラン 2015 (PDF)”. 日本航空. p. 24 (2015年2月18日). 2018年2月17日閲覧。
- ^ “「与那国線撤退、町に説明 RAC増便で対応 カジキ積載に制限 JTA」”. 八重山日報. (2012年9月14日) 2018年2月17日閲覧。
- ^ 「琉球エアーコミューター 貨物室を拡大した地元待望の航空機を導入! (PDF) 」 『明日の翼』第6号、日本航空、2016年、 14頁、2018年2月17日閲覧。
- ^ “RAC、ボンバルディア DHC-8-400型機の導入を決定” (PDF) (プレスリリース), 日本トランスオーシャン航空, (2015年9月30日) 2018年2月17日閲覧。
- ^ “RAC、Q400貨物拡張型に更新 12月に初号機”. Aviation Wire. (2015年9月30日) 2018年2月17日閲覧。
- ^ “琉球エアーコミューター 機材一覧 De Havilland Canada DHC-6 Twin Otter機材”. 2017年4月26日閲覧。
- ^ “琉球エアーコミューターの歴史”. 2019年7月25日閲覧。
- ^ “琉球エアーコミューター 機材一覧 Britten-Norman BN-2 Islander/Defender機材”. 2017年4月26日閲覧。
- ^ 沖縄タイムス2008年11月27日付夕刊記事
- ^ “琉球エアーコミューター 機材一覧 Bombardier DHC-8-100機材”. 2017年4月26日閲覧。
- ^ “新機種の機体にシーサーをデザイン RAC”. 琉球新報. (1997年3月8日). オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。 2018年2月17日閲覧。
- ^ “「ドリンクサービス始めました!」”. 琉球エアーコミューター株式会社. 2018年2月12日閲覧。
- ^ “JAL国内線区間マイル表”. 日本航空株式会社 (2017年12月). 2018年2月12日閲覧。
- ^ “JAL、春秋航空日本を6月に連結子会社化 中国の観光需要獲得へ”. ロイター通信. (2021-5月-7日)
関連項目
- 日本航空
- 日本トランスオーシャン航空
- 契約制客室乗務員
- JALグローバルクラブ
- コミューター航空会社
外部リンク
- 琉球エアーコミューター
出典:ウィキペディア
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https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/

